「より善く生きるためのガイドライン最新版抜粋」第5章のみ掲載
- 田村俊昭
- 2022年12月4日
- 読了時間: 34分
第5章 「より善く生きること」に関する参考情報等について
1 より善く生きることの欠点・利点について
私、田村俊昭は、「より善く生きることを、自分の生き方として、選択し、決意し、日々、愛を深く学び、愛を深く理解し、他の存在を心より信頼し信じ、日々、愛の実践を誠心誠意励み、それらのことを、粘り強く一生懸命、愛を込めて、即ち、自分の命を懸けて、誠心誠意やり続け生きること」が、我々人間を含め、全ての存在が存在し、生きていることの本当の真の意義、理由、目的、目標(これらを「天命」といいます。)であることを、今から約4年前に、より善く悟りました。
これまでは、私は「より善く生きること」の大切さ、愛とは何か、愛の実践のやり方などについて、フェイスブックの私のページ「田村俊昭(敬天愛人の疾風)」で紹介してきましたが、この投稿記事では、日々、より善く生きてことを実践し続けている私の経験していることを中心に、より善く生きることの欠点や利点について紹介しますので、皆様が、より善く生きることを選択し、決意し、実際に、より善く生きることを実践される際の参考情報として、適宜、ご活用いただきますよう、宜しくお願い申し上げます。
① より善く生きることの欠点
●より善く生きることは、愛の実践を誠心誠意やり続けることであり、愛の実践は、私利私欲の行いに比べ、波動の周波数の高い生命エネルギーを多量に費やす必要があることから、心身の疲れ、時には、痛みを伴うこともあるのです。
●私利私欲のためだけに生きてきた存在にとって、「世のため他の存在のため」に行う愛の実践を実践することには、抵抗感があり、より善く生きるよう改心するためには、その存在にとって、ある種の辛い苦しい経験(試練)を経る必要があります。
② より善く生きることの利点
☆私が、他の投稿記事で申し上げてきたとおり、より善く生きることによって、自分の魂、心、肉体が浄め磨き、それらの波動の振動数を高め、より善く改善・成長させることができます。(全ての存在に共通する天命は、魂、心、肉体を、成長させることなのです。)
☆より善く生きることは、世のため、他の存在のための愛の実践を誠心誠意やり続けることですから、当然、存在し生きている世界がより善くなるし、他の存在にとっても有難い善いことなのです。
☆より善く生きることにより、自分の精神力、体力をより善く錬成強化することができ、特に、心身ともに、より善く健やかになります。
私の場合、約8年前に覚醒し、その際、精神を病みましたが、約5年前により善く生きることをやり始めましたが、精神の病を改善し、睡眠薬などの投薬も必要なくなり、糖尿病の予防のため、好きだったお酒も断つことができ、それ以降、風邪などをひいたこともなく、現在では、血液検査の結果も良好であり、体重も約18キログラムも減り、顔も小顔になり、運動も苦にすることなく、特に、水泳は、毎回2200メートルを50分以内のペースで休みなしで泳ぐことができるようになり、特に、心肺機能、持久力が20代の頃とほぼ同じ位になりました。「なぜ、より善く生きると、身体が健康なるのか?」について、私の魂の指導神である薬師如来様からいただいたお導きを以下のとおり紹介します。
「田村俊昭よ。愛の実践を実践した際、波動の振動数の高い善なる生命エネルギー、いわゆるチャクラが霊体から放出されるのです。その波動の振動数の高いチャクラは、身体にある全ての神経細胞を経由して、身体の全ての細胞に行き渡り、各細胞の遺伝子を活性化させ、すなわち、各細胞の遺伝子を改善成長させ、各細胞が細胞分裂し、新たな細胞を作る際、より改善成長した細胞を作り出すことができるのです。肉体の老化やガンなどの病気は、細胞の遺伝子が細胞分裂のエラーを起こし、欠陥のある細胞を作り、その欠陥のある細胞が更に不良な欠陥のある細胞を作るという、不良な細胞分裂のメカニズムによって生じるものなのです。人間の肉体の老化は、大体、30代くらいで始まるのが一般的ですが、不良な細胞分裂の根本原因は、私利私欲の行い、言葉、思いによって生じる波動の振動数の低い生命エネルギーを体内に蓄積することによるものなのです。コロナウイルスなどの病原ウィルスによる病状が悪化するも、身体の老化の原因と同じで、波動の振動数の低い生命エネルギーを蓄積したり、発している身体に原因があるのです。人間は、他の生物に比べ、病に対する高い治癒力・免疫力が元々備わっており、このため、他の生物に比べ寿命が比較的長いのです。その治癒力・免疫力を高めるのが、貴方が日々、実践し続けている愛の実践であり、適度な運動、栄養バランスのより善い腹八分の食生活など、より善く生きることなのです。貴方が無病でかつ、元気に若返っているのは、以上の理由によるものなのです。このことを、他の人々にも、宜しくお伝え下さい。」
☆より善く生きることは、全ての人間を含め全ての存在が、本来行うべき正しい生き方であり、このことは、神法の基本原則となっています。より善く生きていけば、私の他の投稿記事でも紹介しているとおり、以下のようなことを実感することができるようになるのです。
魂の良心に内在されている指導神の神様、仏様(全ての人間の魂の良心の中には、明主様(イザナギ様、創造主)と弥勒様(イザナミ様、創造主、マリア様)のお二方の分霊が必ず内在されています。)から、祝福、大愛(「善く頑張りましたね 」などと、労い、癒やしなどの愛のエネルギー、即ち、自分の本心の波動の振動数に同調した善なる生命思念エネルギー)いただき、その際、言葉に言い表すことのできない感動、充実感を実感することになります。
私は、これら明主様達からの愛のエネルギー(特に、母性の根源の存在である弥勒様の愛のエネルギーは、半端なく、物凄い思いやり、癒やしのエネルギーが満ち溢れているのです。)をいただいた際、嗚咽するほど、涙が止まらず男泣きし、心の底から、「より善く生かしていただいて誠に有難うございます。これからも、より善く生きるための精進に誠心誠意、励みます。」と弥勒様達に感謝と決意・誓いを改めて熱意表明しているところであります。
更に、より善く生きていけばいくほどに、自分は、一人では存在し生きていけないこと、神様、仏様、自然、モノ、ご先祖様、両親、家族、親戚、先輩、友達、先輩、同期、後輩、上司、同僚、部下など多くの存在のお陰で、特に、何よりも自分を愛し尽くしくれている最愛の人のお陰で、存在し生かしていただいていることを深く自覚するようになり、その思いが強く深まるとともに、自分が存在し生きていることの有り難さ、素晴らしさ、もの凄さ(他に表現する言葉が思いつかないので、あえて「もの凄さ」と表現しました。)を心底実感するようになるのです。
2 「敬天愛人」について
「敬天愛人」という言葉は、神様、仏様をはじめ、ご先祖様達、そして、それらの御霊が宿る自然やモノを崇拝し敬い、人を理解し思いやること、これは、即ち、八百万の神々を崇拝し、和と絆を尊ぶ私達、日本人、日本民族の民族性、倫理観、価値観、気質、心情の根幹を端的に表現した誇り高き素晴らしい言葉なのです。
私、田村俊昭は、歴史上の偉人の一人である西郷隆盛様のことを心より尊敬しています。西郷隆盛様のことをより善く知ったのは、私が中学3年の時、愛媛県の読書感想文コンクールの推薦図書として西郷隆盛様の伝記を読み、その西郷隆盛様の生き方、生き様に、特に、西郷隆盛様の座右の銘である「敬天愛人」に心を惹かれ、感銘を受け、感想文を書いたことなのです。なお、私は小学生の頃から国語は苦手で(10段階の4か5)あったにもかかわらず、その感想文は、愛媛県新居浜市読書感想コンクールの伝記部門の最優秀賞を受賞することができました。私、田村俊昭は、約5年前から、西郷隆盛様の「敬天愛人」を私の座右の銘の一つとし、この「敬天愛人」の言葉を私なりに理解・解釈し、より善く生きることを日々、粘り強く、一生懸命、愛を込めて、即ち、自分の命を懸けて、誠心誠意、実践し続けています。
3 「正義仁愛」について
この「正義仁愛」という言葉は、実は、日本の海上保安庁のモットーなのです。
私は、この言葉に出逢ったのは、私が高校二年の時、大学進学のため、様々な大学の入学案内を自分で調べていたところ、「海上保安官への道」という一冊の本に出逢い、その本の中に書かれていたのが、この「正義仁愛」の言葉なのです。私の実家は、貧乏で一般大学に進学するお金がなく、中学時代、英語教師の近藤先生から、学費の要らない大学(給与を支給されつつ学べる大学)として防衛大学校があるということを聞き、それ以降、防衛大学校に進学しようと考えていました。高校三年の時に、海上保安大学校と防衛大学校の両大学の入学試験(一次試験・二次試験)を受験し、両大学校とも合格しましたが、「自衛隊に入隊すると、日本を防衛するために、場合によっては、敵兵である人間を殺傷させることになる」ことを考えるとともに、海上保安庁のモットーである「正義仁愛」の言葉の中でも、特に、「仁愛」という言葉に心惹かれ、「人として、救いを求めている人々を救いたい、助けたい」との思いが強くなり、結果、海上保安大学校に入学しました。
なお、「正義」につきましては、私、田村俊昭は、何が正義なのかなどについて、その時代の社会情勢、背景、その時の為政者・政権の掲げる思想・理念・哲学によって、変遷し、変わり得るものだと考えております。
4 質素倹約を心がけ慎ましく生活することについて
私利私欲のためだけに生きるのではなく、より善く生きること、即ち、日々、愛を深く学び、日々、愛を深く理解し、他の存在を心より信頼し信じ、日々、愛の実践を、誠心誠意、実践し、それらのことを、粘り強く、一生懸命、愛を込めて、即ち、自分の命を懸けて、誠心誠意、やり続け生きることを、心より自覚し、より善く生きることを選択・決意したうえで、より善く生きていくと、日々、喜び満ち溢れる充実した素晴らしい幸せを実感する毎日を送ることができます。
より善く生きていくと、自然やものに対する愛の実践である5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)の実践を誠心誠意、取り組むようになるとともに、私利私欲のこと(自分さえ良ければ良い、幸せであれば良いとの思い)を段々と思わないようになり、知足の心(足るを知る心)が醸成され、自分の生活(衣食住)に必要な物を必要最小限のもので良いと思うようになり、いわゆる、「断捨離」を実践していくようになります。
更に、私利私欲の心による快楽を求める思いも段々と少なくなり、自分のお金を快楽を味わうために浪費することも少なくなっていくのです。
上記のことから、より善く生きることを選択・決意し、より善く生きていくと、自然と、「質素倹約を心がけ、慎ましく生活する」ようになっていくのです。
なお、より善く生きることは、心身ともに非常に疲れ、時には、傷みを伴うこともあります。このため、適時、適切に、自分の心を癒やしたり、より善く生きていくことに対する熱意、情熱を維持・向上させるために必要な趣味、娯楽、スポーツなどに、お金を使うことは大切であり、それら趣味などについては、過度に浪費することなく、適時、適切にお金を使っていくと善いでしょう。
5 私、田村俊昭が、毎朝、実践している「全ての存在に対する私の願いの祈り」の内容(2022年5月29日現在)
全ての存在とは、全ての神様、全ての仏様、全ての世界、全ての宇宙、全ての自然、全てのもの、全ての生きとし生けるもの、全ての魂・霊魂のことです。
全ての存在が、絶対に、必ず、この上なく幸せになりますよう、宜しくお願い申し上げます。
全ての存在が、神法、宇宙の法則、宇宙の叡智を深く学び、深く理解し、それらを自分自身の魂、心、肉体の成長、精進により善く活用し、天命、即ち、自分が存在していること、生きていることの本当の真の意義、理由、目的、目標、この天命をより善く悟るとともに、天命を全うするための生き方の指針を自らより善く創り上げ、それらの指針を、日々、確実に誠心誠意、実践し、それらの結果等を踏まえ、それらの指針を、日々、より善く見直し・改善し、それらをやり続けますよう、宜しくお願い申し上げます。
全ての存在が、神法の定め、特に、六戒、「殺さない」、「他の存在を故意に傷つけない」、「盗まない」、「他の存在を騙し、嘘をつくことにより、他の存在を苦しめない、傷つけない」、「他の存在に淫らなことをすることにより、他の存在を苦しめない、傷つけない」、「酒を飲まない、酒飲むなら酒に呑まれない」、この六戒を、誠心誠意、絶対に必ず遵守し、
私利私欲の心、エゴ、弱き心に、絶対に必ず打ち勝ち、少欲知足に絶対に必ずなり、無欲知足になるため、日々、誠心誠意、精進し、
そして、悪なる心、私利私欲の心、エゴ、執着心、弱き心、怠惰な心、虚しい心、悩み、苦しみ、嫉妬、妬み、恨み、憎しみ、悲しみなどのネガティブな思い・心が全て、完全に完璧に絶対に一切無くなりますよう、 宜しくお願い申し上げます。
全ての存在が、日々、喜び満ち溢れる充実した素晴らしい幸せを実感する、より善い人生を歩むとともに、心身ともに、この上なく健康になり、精進・試練に耐え得る、この上ない強靭な精神・肉体となり、男は男らしく、心身ともに、この上なく格好よくなり、女は女らしく、心身ともに、この上なく美しくなり、全ての存在の善なる願い事、善なる夢が、全て、絶対に必ず叶い、実現し、他の存在とともに、みんな仲良くなり、仲間となり、仲間とともに、この上ない幸せである、最高の幸せである、天命を、絶対に必ず全うすることができますよう、宜しくお願い申し上げます。
そのために、全ての存在は、
日々、神様、仏様をはじめ多くの存在の方々のお陰で生かしていただいていること、即ち、それらの方々のお陰で生かしていただいていることを深く自覚し、それらの方々に対し、日々、深く感謝し、それらの方々を深く敬愛し、それらの方々を心より信頼し信じ、神様・仏様からの指示、命令、指導、導き、叱咤激励に対し絶対に必ず従い、それらによって、神様・仏様から、日々、絶大なる、ご加護、祝福、大愛をいただき、
神法、宇宙の法則、宇宙の叡智を深く学び、深く理解し、それらを自分自身の魂、心、肉体の成長、精進により善く活用し、天命、即ち、自分が存在していること、生きていることの本当の真の意義、理由、目的、目標、この天命をより善く悟るとともに、天命を全うするための生き方の指針を自らより善く創り上げ、それらの指針を、日々、確実に誠心誠意、絶対に必ず実践し、それらの結果等を踏まえ、それらの指針をより善く見直し・改善し、それらのことをやり続け、
私利私欲の心、エゴ、弱き心に絶対に必ず打ち勝ち、少欲知足に絶対に必ずなり、無欲知足になるため、
愛が何よりも大切だという意識・自覚を常に持ち続け、
日々、仲間を信じ、仲間を愛し、自分を信じ、自分を愛し、全ての存在を信じ、全ての存在を愛し、
天命を全うするため、自分の命を懸けて、みんなとともに、
世のため、即ち、その存在が存在し生きている世界を、絶対に戦争のない、絶対に犯罪のない、絶対に貧困のない、絶対に差別のない、皆平等な愛満ち溢れる平和な世界にするとともに、共存共栄の心満ち溢れる、皆が共により善く成長し続け、皆が共により善く発展し続け、皆が共に繁栄し続け、そして、皆が共に、全ての存在が、日々、喜び満ち溢れる充実した素晴らしい幸せを実感する、より善い人生を歩み続ける、より善い世界にするため、
他の存在のため、即ち、他の存在が天命を全うするために、日々、愛の実践に誠心誠意励み、それらをやり続けることによって、日々、喜び満ち溢れる充実した素晴らしい幸せを実感する、より善い人生を歩むようにするため、
そして、自分の成長のため、即ち、その存在が、より一層、愛の実践をより善く実践できるよう、自分自身の魂、心、肉体を日々、より善く改善、成長させるため、
それらのために、日々、愛を深く学び、日々、愛を深く理解し、他の存在を心より信頼し信じ、
日々、愛の実践である挨拶・愛語を励行するとともに、自然やモノに対する愛の実践である5S、整理、整頓、清掃、清潔、躾、この5Sを深く自覚し、この5Sを日々、確実に誠心誠意、絶対に必ず実践し、
そして、その存在が、存在し生きている世界において、深く学び、深く理解し、より善く実践すべき愛の実践である仕事や精進などを、世のため他の存在のために行うのだ、行っているのだという意識・自覚を持ち続け、それらの仕事や精進などを、日々、粘り強く、一生懸命、愛を込めて、即ち、自分の命を懸けて、誠心誠意、実践し、
それらをやり続け、全ての世界に、十分に愛を満ち溢れさせ、
試練を絶対に必ずのり越え、
より一層、天命を全うするために、日々、誠心誠意、精進し、
より一層、天命を全うするために、日々、より一層、より善く改善・成長し、
それらのことを、日々、粘り強く、一生懸命、愛を込めて、即ち、自分の命を懸けて、誠心誠意やり続け、
それらのことにより、全ての存在が、この上ない愛満ち溢れる、この上ない清らかな、この上ない神々しい聖なる、心身ともに、この上なく格好よく美しい、この上ない素晴らしい素直な、この上ない正義感満ち溢れる本当に真に強い、この上ない誇り高き本当に真に誠実な、この上ない個性光り輝く、この上ない立派な存在となり、
他の存在と、皆仲良くなり、仲間となり、仲間と共に、この上ない幸せである、最高の幸せである、天命を絶対に必ず全うすることができますよう、宜しくお願い申し上げます。
以上です。 有難うございました。
6 他の存在を騙し、嘘をつき、傷つけ苦しめることは大罪
詐欺など、他の存在を騙し、嘘をつき、苦しめることは、騙された相手が、金品を騙し取られるだけでなく、他の存在を信じることができなくなり、その結果、他の存在を愛せなくなる、即ち、愛の実践ができなくなするものであり、神法上、極めて悪質な行いとして、詐欺等を行った者には、誰からも愛されず、孤独を強いる「無愛・孤独」の天罰が下されます。
「お金は、天下の廻りもの」の本当の意味について、私の指導神である大黒様から次のご指導、お導きをいただきましたので、紹介します。
「田村俊昭よ。世のため、人のためにと、一生懸命、誠心誠意、働きなさい、精進しなさい、より善く誠実に生きなさい。そうした真面目に頑張り、努力する者には、お金の神様から、絶大なる大愛として、奇跡の如く、より善く生きるために必要かつ十分な財力が適時、適切に与えられるのです。真面目に働く者、精進する者は、必ず、その努力は報われ、必ず幸せになるのです。決して諦めず、自分の弱き心に打ち勝ち続け、日々、精進に励みなさい。」
悪魔が消滅した現在、全ての世界においては、宇宙三大法則の一つである「原因・結果の法則」(自業自得)が完璧に作用し、私利私欲の心による私利私欲のためだけに生きようとする方々にとっては、思い通りにならない、自分にとって、嫌なこと、不幸なことしか起こらない、嫌で嫌でたまらない不幸な人生を歩むようになります。どんな人生を歩むかについては、個人の自由意志に委ねられていますが、喜び満ち溢れる充実した素晴らしい幸せを実感する、より善い人生を歩むためには、より善く生きていくしか、道はありません。このガイドラインをご覧になっている皆様におかれましても、より善く生きることを是非、選択され、愛の実践を誠心誠意、実践され、「喜び満ち溢れる充実した素晴らしい幸せ」を、是非、実感していただければと考えております。
7 男は男らしく、心身ともに格好良くなることについて
そもそも、神様が生きとし生けるものに、雄と雌を創造した理由は、雌は、主として新しい生命体(子供)を産み、愛情を込めて育てるためであり、雄は、雌がちゃんと子供を産み、育てることができるよう、雌や子供を外敵から守ることができるよう、日々、鍛錬し、生命力を高め、その生命力を高めた遺伝子を、雌との交尾の際に、雌の卵子に与え、より生命力高い子孫を残していくためなのです。これらのことを踏まえつつ、私、田村俊昭の私見(指導神であり、女神様でもある弥勒様、観音様から適宜、意見いただいたものです。)ですが、「男らしく格好良い」とは、どのようなことなのかについて、列挙記載します。
●男は、大いなる善なる志、願い、夢を抱き、それらを心底持ち続けること。
●男は、上記の善なる夢の実現のために、決して諦めず、日々、粘り強く、一生懸命、誠心誠意、努力し続けること。
●男は、他の存在、特に、弱い存在、即ち、女性、子供、高齢者、動物達などに、常に優しくし、守ること。
●男は、日々、勧善懲悪の正義感の精神を高めるとともに、悪なる行い(私利私欲のために、他の存在を傷つけたり、苦しめたりすること)は、絶対にしないこと。
●挨拶を元気に励行すること。
●自然やものに対する愛の実践である5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)の実践を日々、確実に誠心誠意、実践し続けること。
●自分の仕事、作業、精進(学生の方の場合、勉強、部活など)を、愛の実践と捉え、「世のため、他の存在ため」と思い、自分の弱き心(仕事はしんどいな、嫌だなあ~などといった思い)に打ち勝ちつつ、日々、粘り強く、一生懸命、誠心誠意、やり続けること。
8 快楽を求める思いについて
快楽とは、「苦しまず、楽(らく)したい」、「楽しい思いがしたい」、「ワクワク、ドキドキする思いがしたい」、「心穏やかに癒やされたい」、「清らかで清潔な所にいたい」などの快楽を求める思いにより生じ、その思いに基づき行動し、心地よい気分などを味わうことですが、それら快楽を求める思いは、我々人間はもとより、神様、仏様であっても、持つものなのです。
神様、仏様(特に、仏様)は、自分の心(本心)に快楽を求める思いが生じても、「おや、また、自分の本心に、快楽を求める思いが生じたな。今は、精進で忙しいので、その思いは、あるがままにして、精進に専念しよう。」などと自問自答して、自然とそのような思いが消えて無くなるよう、冷静に対応する能力に長けているのです。
快楽には、より善く生きるために必要なものもあります。より善く生きること、即ち、愛の実践は、自分の生命エネルギーを費やし、心身ともに疲れ、時には、痛みを伴うことから、これらの疲れなどを癒やし、元気を回復し、リフレッシュするため、自分に合った自分の好みの趣味、スポーツ・運動、観光、旅行などを適時、適切に行うと、より善いでしょう。ただし、これら趣味などを行うに当たっては、知足の精神(足るを知る)を踏まえ、やり過ぎないよう、「ええ加減」で適度に行うことが大切です。趣味など快楽を求めるための行いをやり過ぎると、私利私欲の思いである執着心を高め、心の成長の支障となることがあるのです。
なお、私の指導神のテラ様(全ての物質世界の龍神様達を統括指揮する龍王様)から、以下のとおり、全ての人間の皆様に対し、ご指導、お導きがありしたので、紹介します。
「田村俊昭よ。全ての人間に伝えてくれ。
☆旅行、観光、登山などで、野山、海などに行く際には、くれぐれも、自然を汚したり、傷つけたり、ましてや、生きとし生けるものを殺めたりしないこと。
☆大人達が、率先して、子供達に対して、自然を大切にし、日々、自然に対する深い感謝と大切にする思いを醸成するよう努めること。
☆自然をこよなく大切にし、愛する人間には、我々神々から絶大なる自然の恩恵を与え続けることを約束する。」
また、自分の人生をどのように生きるかについては、自由意志・自己責任の法則に基づき、自分で選択し、決意した生き方により、生きていくのですが、快楽を追求し、快楽を味わうことが幸福な人生だ、それが人生の真の目的・目標だとは、決して思わないようにしましょう。そのような人生を歩み、この世で莫大な富・権力・地位を獲得したとしても、死後の世界では、神様、仏様からは、それら富、権力、地位などは、何ら評価せず、この世でより善く生きたかどうか、つまり、愛をどの程度深く学び、愛をどの程度深く理解し、愛の実践をどの程度実践したかについて、評価され、次に存在し生きる世界を指示されるとともに、学び、理解し、実践すべき愛の実践のご指導、お導きを受けることとなるのです。
9 瞑想について
瞑想は、無心になり、心を浄め、心をより善く成長させる精進の方法の一つですが、真に無心の境地に至るためには、相当の修練・精進を積み重ねる必要があるとともに、基本的には、自分の成長ためだけの精進方法であり、それに比べ、作務の実践は、誰でもいつでも簡単にできるとともに、愛の実践として何某かの作業を作務の実践をすれば、自分の成長ためだけではなく、世のため、他の存在ために実践できることから、是非、作務の実践を行うべきなのです。
なお、全ての神様、仏様は、瞑想などは一切やらず、作務の実践として各自が行うべき愛の実践を日々、実践し、励んでおられることを申し上げておきます。また、私の魂の指導神であるお釈迦様から、瞑想に関することについて、以下の教えをいただいておりますので、紹介いたします。
「田村俊昭よ、いいですか。瞑想の要領を極めるのは本当に難しいのです。そもそも、瞑想の目的は、貴方のように、魂の中の良心におられる指導神との会話ができるようになること、即ち、自分の心、本心を浄め磨き上げ、その波動の振動数を良心と同じか、それ以上に高め、本心と良心が一体となることなのです。この本心と良心が一体となるには、瞑想よりも、貴方が日々励んでいる、「より善く生きること」、即ち、「日々、愛を深く学び、愛を深く理解し、他の存在を心より信頼し信じ、愛の実践を誠心誠意、励み、それらのことを粘り強く一生懸命愛を込めて、誠心誠意やり続け生きること」を実践すべきなのです。そして、瞑想するよりも、まず、行うべきなのは、霊魂とは何か、愛とは何か、愛の実践はどのように実践したら善いのか、自分が存在し生きていることの真の意義、理由、目的、目標は何なのか、など、より善く生きることに関する智慧を学び、理解し、身につけることを行うべきなのです。」
10 より善く生きるために必要な子供の徳育について
2022年1月10日、日本では、祝日「成人の日」ですが、この「成人の日」に関連しまして、表題のとおり、より善く生きるために必要な子供の知育について、以下、説明させていただきます。
より善く生きること、即ち、「日々、愛を深く学び、愛を深く理解し、他の存在を心より信頼し信じ、日々、世のため、他の存在のため、自分の魂、心、肉体の成長のため、愛の実践を粘り強く、一生懸命、誠心誠意、やり続け生きていくこと」のためには、我々人間が、子供の頃に受ける徳育が大変大切なのです。
これらの子供達に対する徳育に当たっては、子供達に、他の存在、即ち、自分以外の人間だけでなく自然やモノ、更には、神様、仏様、ご先祖様などの御霊に対し、「感謝すること」、「敬うこと」、「大切にすること、きれいにすること、浄めること」、「思いやりや哀れみの気持ちを抱くこと」などの「愛する力」をより善く育み、培っていく必要があります。
幼い頃から、こうした「愛する力」をより善く身につけた子供達は、必ず、自分の天命をより善く悟り、より善く生きていき、将来、世のため、他の存在のため尽す立派な大人に成長していくこととなるのです。
我々大人が、こうした「より善く生きること」に関する子供の徳育を行うに当たっては、当然のことですが、自分自身が天命をより善く悟り、より善く生きること選択し、決意し、自分の天命を全うするための生き方の指針を自ら創り上げ、その指針を見直し改善しつつ、より善く生きていかなければならないのです。
特に、小学生以下の子供達は、我々大人に比べ直観力(穢れなき霊魂である故)が優れており、より善く生きていない大人の発する言葉の虚偽を見抜くことができるので、この点、留意しておく必要があります。
(参考)
私が幼児期に実践した「より善く生きること」に関する徳育
私、田村俊昭は、愛媛県新居浜市の出身で、私は、幼児期、同市にある「ひかり幼稚園」に通園していました。この「ひかり幼稚園」は、曹洞宗仏国山随応寺が設立母体の認定こども園ですが、子供の素直な心を大切に、仏教的情操教育を基本にして、いのちの大切さや感謝の心を養い子供たち一人ひとりが、心豊かな人として成長することを目標にし、以下の内容の「おちかい」を実践しています。
《おちかい》「わたくしたちは みほとけさまを うやまいます」(いのちを尊ぶやさしい子、いつもにこにこ明るい子)、「わたくしたちは みほとけさまの みおしえにしたがいます」(なんでも考えすすんでやる子、きまりや約束を守る子、なかよく力を合わせる子)、「わたくしたちは きよくただしく なさけぶかくしてりっぱなひとになります」(ありがとうがいえる子、ごめんなさいがいえる子、ものを大切にする子)
私、幼い頃、随応寺の本堂で、他の幼稚園生とともに、この「おちかい」の実践を行ったお陰で、中学生の頃から、「世のため、人のために働き、立派な大人」になりたいと考えるようになり、実家が貧乏であったため、一般大学への進学はできなかったことから、塾にも通わず、学校の授業と自宅での自主学習のみで受験勉強を行い、海上保安大学校に進学し、海上保安庁に入庁しました。
11 心身ともに健やかに元気であることについて
我々人間は、誰しもが、「自分は健康でありたい。病気になりたくない。元気で長生きしたい。」などと思い、願うものですが、自分が無病で健康であり続けるためには、適度な量の栄養バランスの善い食事、適度な運動、適度な睡眠の励行など規則正しい健康的な生活をする必要があるとともに、自分が健康で元気であり続けることの目的意識を、自分自身のため(病気になりたくない、長生きしたいなど)ではなく、世のため、他の存在のために健康で元気であり続けたいという善なる思い・願いを育むことが大切なのです。
より善く生きるためには、「愛が何よりも大切である」という意識・自覚を常に持ち続けるとともに、愛の実践、即ち、「他の存在を善く理解し、信じ、世のため、他の存在のために何らかの愛し尽くす行為・言葉・祈り願いなどを行うこと」のためには、自分自身が心身ともに健やかで元気である必要があるのです。
このことは、例えば、愛の実践の一つである挨拶の場合、元気な人が行う挨拶の言葉には、不健康な人のものと比べ、波動の振動数の高い善なる生命エネルギーは含まれ、放出され、挨拶を受けた相手の魂・心・肉体をより有効・効果的に元気にする力があるのです。
また、自分ができる或いは自分がやるべき愛の実践に励み、より善く生きることやり続けている人の肉体からは、波動の振動数の高い善なる生命エネルギー(チャクラ)が常時、一定量放出(いわゆるオーラ)されようになり、そのような人がいる場所・空間は、自然と清らかで生命力満ち溢れる明るい雰囲気の状態となるのです。
以下、「コロナ禍」、「呼吸の重要性」及び「食」について、下記のとおり概説します。
(1)コロナ禍について
私、田村俊昭の場合、約8年前に覚醒し、その際、精神を病みましたが、約5年前に「より善く生きること」をやり始め、精神の病を改善し、睡眠薬などの投薬も必要なくなり、糖尿病の予防のため、好きだったお酒も断つことができ、それ以降、風邪などをひいたこともなく、現在では、血液検査の結果も良好であり、約86㎏あった体重が67㎏前後まで減量でき、顔もスッキリと小顔になり、運動も苦にすることなく、特に、水泳は、毎平日、2500メートル(25メートルプール50往復)を51~55分台のペースで休みなしで泳ぐことができるようになり、特に、心肺機能・持久力が20代の頃とほぼ同じ位になりました。
「なぜ、より善く生きると、身体が健康なるのか?」について、私の魂の指導神である薬師如来様からいただいたお導きを以下のとおり紹介します。
「田村俊昭よ。愛の実践を実践した際、波動の振動数の高い善なる生命エネルギー、いわゆるチャクラが霊体から放出されるのです。その波動の振動数の高いチャクラは、身体にある全ての神経細胞を経由して、身体の全ての細胞に行き渡り、各細胞の遺伝子を活性化させ、すなわち、各細胞の遺伝子を改善成長させ、各細胞が細胞分裂し、新たな細胞を作る際、より改善成長した細胞を作り出すことができるのです。肉体の老化やガンなどの病気は、細胞の遺伝子が細胞分裂のエラーを起こし、欠陥のある細胞を作り、その欠陥のある細胞が更に不良な欠陥のある細胞を作るという、不良な細胞分裂のメカニズムによって生じるものなのです。人間の肉体の老化は、大体、30代くらいで始まるのが一般的ですが、不良な細胞分裂の根本原因は、私利私欲の行い、言葉、思いによって生じる波動の振動数の低い生命エネルギーを体内に蓄積することによるものなのです。コロナウイルスなどの病原ウィルスによる病状が悪化するも、身体の老化の原因と同じで、波動の振動数の低い生命エネルギーを蓄積したり、発している身体に原因があるのです。人間は、他の生物に比べ、病に対する高い治癒力・免疫力が元々備わっており、このため、他の生物に比べ寿命が比較的長いのです。その治癒力・免疫力を高めるのが、貴方が日々、実践し続けている愛の実践であり、適度な運動、栄養バランスのより善い腹八分の食生活など、より善く生きることなのです。貴方が無病でかつ、元気に若返っているのは、以上の理由によるものなのです。このことを、他の人々にも、宜しくお伝え下さい。」
コロナ禍の問題を抜本的に解決する方法とは、全ての人間が、私と同じように、自分の生き方を見直し、より善く生きること選択し、決意し、より善く生き、愛の実践を、日々、粘り強く、一生懸命、誠心誠意、無我夢中でやり続け、ワクチンや薬に依存し、頼ることをやめ、自分の肉体の免疫力を高めていくことなのです。日本語にそのことを表現する言葉があります。
「病は気から」
全ての病は、「我良し」とする私利私欲、エゴによる、悪い「気」から生じるものであり、他の存在を思いやり、共により善く生きましょうという善い「気」によって回復、改善するものなのです。コロナウイルスも、我々人間と同じ「生きとし生けるもの」です。彼らも、生きていたいという「生存欲」があるのです。人間がワクチンや薬を開発しても、ウイルスも生きるために、それに対抗するウイルスに変異、成長し続けるのです。コロナウイルスは、我々人間に、次のことを教えてくれているのです。
「人間の皆さん、他の生きとし生けるものを、むやみに殺傷することを止めて下さい。我々ウイルスとも、共に生きること、共存共栄の道を選択し、生きて下さい。」
コロナ禍について、私の指導神である明主様(イザナギ様、創造主)から全ての人間の皆様に対する指示・命令のメッセージをお伝えします。
「2020年10月に悪魔達が消滅したことに伴い、この世を含む物質世界の浄霊、浄化の取り組みの一環として、全ての人間がこれまで行ってきた悪なる行い・罪を償う措置・試練としてコロナウイルスを蔓延させた。全ての人間よ。お前達が、戦争やテロ、犯罪をやめない限り、コロナウイルスを随時成長させ、蔓延させ続ける。全ての人間よ、速やかに改心し、より善く生きることを選択し決意し、より善く生き、人間同士はもちろんのこと、他の生きとし生けるものと、共により善く生き、共により善く成長・発展・繁栄するように努めよ。なお、より善く生きることに関する方法などの神法、宇宙の法則、宇宙の叡智は、既に、この投稿記事の作成者、田村俊昭が、「より善く生きるためのガイドライン」に明文化しているとおりじゃ。全ての人間よ。いい加減に改心せよ。」
(2)呼吸の重要性について
我々人間が生命を維持するためには、呼吸をして、空気を肺に吸い込み、酸素を取り入れる必要があることは、皆様ご存知だと思いますが、実は、我々の霊魂・霊体の活動を維持するためには、自然やモノから放出される生命エネルギー(自然エネルギー・チャクラ)を全身、特に、呼吸による肺から吸収し、これらの生命エネルギーを活用し、霊魂が活動しており、霊魂が活動することにより、脳や神経細胞が機能し、肉体は生命維持活動を行っているのです。
呼吸は我々が生きるために、非常に重要であり、我々の霊魂の活動を活性化を図るためは、呼吸によって、より波動の振動数が高く、清らかな生命エネルギー(善なる生命エネルギー)を吸収し、取り入れることが大切なのです。
我々は普段生活している自宅、近所、街、公園、会社、職場など、自然やモノから生命エネルギーを吸収しているのですが、これら自然やモノから、波動の振動数の高い善なる生命エネルギー、即ち、愛のエネルギーをより善く得るためには、以下のことを実践すると、当該エネルギーをより善くいただき、心身共に、健やかに元気に生きることができるのです。
①自然やモノのお陰で生きていることを心底自覚し、常にそのことを忘れないこと。
②日々、自然やモノに対して、感謝の念を念じること。
(私は、般若波羅蜜多の実践を行わせていただいた公園では必ず、「有難う御座いました」と声を出して挨拶しています。また、スポーツクラブのプールで泳ぐ前、泳いだ後に必ず感謝の挨拶を励行しています。)
③利用した公園やトイレでは、ごみ拾いなどして、それらの施設をきれいに清潔に美観、景観を保つこと。
当該のことですが、ゴミは決してポイ捨てしないこと。自分のゴミは自宅に持ち帰るか、ゴミ箱が設置されている場合には、ゴミ箱にリサイクルのため分別し適正に処分・廃棄しましょう。
(私は、自宅のトイレを含め、トイレを使用した際には、必ず、トイレットペーパー等で汚れを拭き取り、きれいにして、その後、トイレに対して「有難う御座いました。また、使わしていただきますので、宜しくお願い申し上げます。」などとの感謝の挨拶をして退出しています、)
※ライターと携帯灰皿は、愛煙家の男性の必須アイテムです。
これらのことが、「自然やモノを大切にすること」であり、自然やモノに対する愛の実践なのです。
自然やモノを物質的に清潔に保てば保つほど、それらの場所や施設から発せられる生命エネルギーの波動の振動数が高まり、維持され、霊的にも、浄め磨き上げられ、そうした場所を訪れると、その場所に満ち溢れ溢れる愛のエネルギーを心身に吸収し、気分が爽やかになったり、落ち着いたり、元気になるのです。
一方、ごみ拾いだらけの汚れた場所や施設には、波動の振動数の低い生命エネルギー、即ち、邪気・邪念が好んで集まり易くなり、そうした場所を訪れると、暗い嫌な気持ちなったり、自分の生命エネルギーを奪われ、免疫力が低下し、持病の悪化や何らかの病にかかってしまうおそれがあるのです。
なお、私、田村俊昭は、数年前から、ごみ拾いなど街の美化活動を日々、行っていますが、それらを他の人々、特に、子供達に根気よく見せ続けていくことが、人々への街の清潔、景観を維持する必要性、街をきれいに明るくすることの大切さを気付かせ、自然やモノへの感謝、敬意の意識・想いを醸成・向上していくことを信じて、粘り強く、一生懸命、愛を込めて、私のライフワークの一つとして、誠心誠意、やり続けていきます。
(3)「食」について
我々人間が、より善く生きるためには、食においても、質素倹約を心がけ慎ましく、かつ、心身の健康を維持するために必要な適度な食事を毎日摂ることが大切なのです。そのことを言い表す日本語に「腹八分」という素晴らしい言葉があります。人間の肉体には、日頃からタンパク質、特に、良質の動物性タンパク質を適時、適切に摂取し続ける必要があります。我々人間は、日々、他の生きとし生けるものの生命をいただき生かしていただいていることを心底自覚し、それらの動植物達に対して、食事の時などに、深く感謝の念を発し続けていく必要があります。また、日本のような経済的に裕福な国家は、貧困で苦しんでいる国家、人々に対して、食料支援、教育支援などの援助を、国家としての愛の実践を積極的に行っていく必要があります。ちなみに、私、田村俊昭は、より善く生きることを、日々、懸命に実践し続けていますが、食についても、外食を極力控え、安い食材で自炊していますが、精進の後の食事を、毎日、喜び満ち溢れる充実した素晴らしい幸せを実感しつつ、本当に心底美味しく、かつ、有り難く頂いています。
また、人間の肉体には、心身の健康の観点から、鶏肉を摂取することが、一番善いとされています。人間の肉体の骨や肉は動物性タンパク質で創られています。植物性タンパク質だけを摂取した場合、人間の肉体にするためには、生命エネルギーが余計に必要であるとともに、消化し切れない植物性タンパク質は食物残渣として排泄しているのです。それに比べ、動物性タンパク質は、消費エネルギーも少なく無駄なく肉体になるのです。また、霊的な観点からは、鶏肉のタンパク質は、人間の肉体のタンパク質に比べ、高等な性質のタンパク質であり、鶏肉を摂取することにより、老化を防止し、心身の若返り、活力を活性化・促進することができることから、毎日、適度な量の鶏肉を摂取すべきなのです。当然のことですが、食べ過ぎは肥満の原因となるため、腹八分を目安に食べましょう。なお、これら鶏肉の霊的有効性については、今の健康医学では、究明・理解できないことであることを申し述べておきます。
12 真に幸福な人生とは何かについて
このガイドラインをご覧の皆様にとって、幸せな人生とは、どのような人生ですか?
私、田村俊昭にとって、真に幸せな人生とは、自分の天命、即ち、「自分が存在し生きることの本当の真の意義、理由、目的、目標」をより善く悟り、この天命を全うするための自分の生き方の指針を、神法、宇宙の法則、宇宙の叡智をより善く活用して、自ら創り上げ、それら指針を基に、天命を全うするために、より善く生きていき、適時・適切に、それらの指針の実践状況を振り返り、評価し、それらの指針を見直し改善し、更に、粘り強く、一生懸命、愛を込めて、即ち、自分の命を懸けて、誠心誠意、やり続け、それらのことにより、自分の天命を全うする人生だと確信しています。
この自分の天命を全うするための人生を歩んでいくに当たって、全ての存在は、皆共通して、「愛とは何か、愛の実践はどのようすべきなのか」など愛を深く学び、深く理解して、「愛が何よりも大切だ」ということを、自分の行動規範、価値観、精神的支柱として育み、培っていく必要があると考えます。
「人間は、何故、この世に生まれ、生きているのか?」
この命題について、昔から、多くの思想家、宗教家などの方々が、明確化、究明するため、様々な取り組みが行われてきましたが、この命題に対する現時点における私、田村俊昭の見解は、以下のとおりです。なお、この私の見解は、私が、これまで50年余り歩んできた様々な人生経験、特に、東日本大震災の際、精神病を患い、離婚を経験したことに伴い、「もっと自己の精神を強くしたい」との思いで自己啓発のために、仏教その他の宗教や精神世界に関連する書籍などにより自己学習・研鑽に努めるとともに、私自身が以下に示す生き方(より善く生きること)を実践し続け、その際に「もう死んでしまいたい。もう自分は死んだのだな。死ぬとはこういうことなのか。」などといった苦しみ、悩み、痛みを味わう苦難・試練に対峙し、それらを何とか乗り越えてきた上、より善く学び、より善く理解し悟り、確信するに至ったものであることを申し添えます。
「人生の目的」は、魂(真我・超意識)・心(本心・自我・表層意識)・肉体を浄め磨き上げることにより、清く・正しく・格好よく美しく、改善・成長させること」なのです。
そのために、全ての人間は、他の多くの存在(人だけでなく、神様、仏様、ご先祖様の御霊の方々、自然、モノ、他の生きとし生けるものを含みます。)の方々のお陰で生かしていただいていることを深く自覚し、日々、それらの方々に対し、深く感謝し、それらの方々を深く敬愛するとともに、それらの方々を心より信頼し信じ、日々、愛を深く学び、愛を深く理解し、
自分ができる及び自分がやるべき仕事、精進、学業、スポーツなどを「世のため、他の存在のため、自分の成長のため」に行うのだ、行っているのだとの意識・自覚を持ち続け、粘り強く、一生懸命、愛を込めて、即ち、自分の命を懸けて、精神誠意、やり続け、生きること、即ち「より善く生きること」が大切なのです。
なお、「愛」とは、愛とは、感謝、信頼、敬い・尊重、褒め称え、思いやり、慈悲、赦し、助け合い、分かち合い、励まし、癒し、譲り合いなどの善なる思い・願いから生じる、世のため、他の存在のため、自分の魂・心の成長のため、見返りを求めず無償で行う、全ての行為・動作、全ての言葉、全ての祈り・願い・思いのことであり、それらを行うためには、波動の振動数の高い善なる思念エネルギーが必要なのです。この善なる思念エネルギーを他の存在に与え、照射することにより、これを受けた存在は、その心が、より善く生きること、精進に励むことに対する熱意、意欲、情熱、元気、勇気、自信などが高まり、その結果、その存在の魂・心を成長させることができるのです。




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