愛が何よりも大切だと意識し自覚することについて(過去投稿した記事の再掲)
- 田村俊昭
- 2023年3月3日
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愛が何よりも大切だと意識し自覚することについて(以前投稿した記事の再掲)
私、田村俊昭は、何よりも愛が大切だと心底、確信しています。 これまでの人間の歴史を振り返って、善く考えてみてください。 多くの人間が、愛を大切だとする価値観、倫理観を無視、排除し、生存競争、資源の奪い合い、権力闘争をし続けており、その度に、多くの人々が、苦しみ、悩み、不安を増幅させ、苦悩しているのです。 このため、全ての人々が、自分の生き方を改めて見つめ直し、その生き方の必要な見直し改善を行った上で、 人は誰も一人では決して生きていけないのだから、 日々、皆に感謝し、皆と共に元気で、皆と共に仲良く、皆と共に、愛を何よりも大切だと常に意識、自覚し、 互いに、愛を込めて、即ち、 理解し合い、信じ合い、認め合い、尊重し合い、褒め称え合い、想い合い、助け合い、分かち合い、譲り合い、赦し合いなどして、 自分のやるべき或いは自分ができる愛の実践を粘り強く、一生懸命、誠心誠意やり続け、より善く生きていく必要があると考えています。
未だより善く生きられていない方々が、自分の生き方として、「より善く生きる」ことを選択し、決意し、その生き方の指針を自ら創り上げていく場合に、例えば、自分がやるべき愛の実践とは何であるかを考える際に、「愛とは何か」をまず、お考えになると思います。この「愛(仏教では慈悲)」について、現存する宗教においても、様々な見解、解釈、考え方があり、個人差、即ち、その人の個性(性格、気質など)、愛の実践経験、霊格(魂の経験年数等に応じたレベル)などによって、「愛」がどういうものであるかを、一律に正確に定義することはできないものなのです。自分自身で、より善く生きることをやり続け、「愛とは何か、愛の実践とは何か」を学び、理解し、自分の生きるための智慧として深め、高めていく必要があり、その際に、神法、宇宙の法則、宇宙の叡智をより善く活用すると、この「愛」関する智慧を容易に適切に理解し易くなるのです。 現存する宗教の説いている「愛」に関する解釈等が絶対に完璧に正確、正解だということはないことに留意する必要があるのです。 私、田村俊昭は、自分がより善く生きるための智慧(自灯明)を育み、培っていくため、宇宙の真理(法灯明)を学び、理解し、活用することが大切だと思います。 また、煩悩(私利私欲の念から生じる怒り、嫉妬、執着などのネガティブな想い・行い)があるからこそ、生きている、煩悩とどう向き合い、対処していくか、それらのことが、全ての人間、存在に課された人生の課題、命題なのです。日本の昭和時代の映画「喜びも悲しみも幾年月」の題名の真の意味を、私、田村俊昭は、この歳(58歳)になって、ようやく、少し理解・認識できるようになり、特に、自分の心が傷つき、壊れそうになった経験や体験が自分にとって大変意義深い、かけがえない有難い貴重な宝のような経験であったと実感しています。






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