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愛は何より大切であることについて

  • 執筆者の写真: 田村俊昭
    田村俊昭
  • 2022年12月21日
  • 読了時間: 3分

愛が何よりも大切であることについて


私、田村俊昭は、何よりも愛が大切だと心底、確信しています。

これまでの人間の歴史を振り返って、善く考えてみてください。多くの人間が、愛を大切だとする価値観、倫理観を無視、排除し、生存競争、資源の奪い合い、権力闘争をし続けており、その度に、多くの人々が、苦しみ、悩み、不安を増幅させ、苦悩しているのです。

このため、全ての人々が、自分の生き方を改めて見つめ直し、その生き方の必要な見直し改善を行った上で、

人は誰も一人では決して生きていけないのだから、

日々、皆に感謝し、皆と共に元気で、皆と共に仲良く、皆と共に、愛を何よりも大切だと常に意識、自覚し、

互いに、愛を込めて、即ち、

理解し合い、信じ合い、認め合い、尊重し合い、褒め称え合い、想い合い、助け合い、分かち合い、譲り合い、赦し合いなどして、

自分のやるべき或いは自分ができる愛の実践を粘り強く、一生懸命、誠心誠意やり続け、より善く生きていく必要があると考えています。

また、愛が何よりも大切だと意識し自覚されていない方々が、自分の生き方として、「愛が何よりも大切だと意識し自覚し、より善く生きる」ことを選択し、決意し、その生き方の指針を自ら創り上げていく場合に、例えば、自分がやるべき愛の実践とは何であるかを考える際に、「愛とは何か」をまず、お考えになると思います。

この「愛(仏教では慈悲)」について、現存する宗教においても、様々な見解、解釈、考え方があり、個人差、即ち、その人の個性(性格、気質など)、愛の実践経験、霊格(魂の経験年数等に応じたレベル)などによって、「愛」がどういうものであるかを、一律に正確に定義することはできないものなのです。

自分自身で、より善く生きることをやり続け、「愛とは何か、愛の実践とは何か」を学び、理解し、自分の生きるための智慧として深め、高めていく必要があり、その際に、神法、宇宙の法則、宇宙の叡智をより善く活用すると、この「愛」関する智慧を容易に適切に理解し易くなるのです。

ただし、現存する宗教が説いている「愛」に関する解釈等が絶対に完璧に正確、正解だということはないことに留意する必要があるのです。

私、田村俊昭は、自分がより善く生きるための智慧(自灯明)を育み、培っていくため、宇宙の真理(法灯明)を学び、理解し、活用することが大切だと思います。

私、田村俊昭が他の投稿記事などにおいて再三申し上げていることではありますが、日々、「そもそも、愛とは何なのか、愛の実践とはどういうやり方、方法があるのか」など愛に関することを深く学び、理解し、それらを踏まえ、愛の実践を実際にやってみって、経験して、随時、それらの愛の実践の結果、効果等を振り返り、愛の実践のやり方等の見直し・改善を行い、それら愛に関する学び・理解・実践・見直し改善のプロセスを、日々、粘り強く、一生懸命、愛を込めて、即ち、自分の命を懸けて、一生懸命、やり続けていくことが大切であり、これら愛に関するプロセスをより善く実践し続けることが、全ての人間を含む全ての存在に課せられた真の使命・責務、即ち、「自分の魂・心・肉体を浄め磨き上げ、その波動の振動数を高め、より一層光輝かせること、魂をより善く成長させること」なのです。


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